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インディアンと戦争

ヨーロッパからきた白人と出会ってからのインディアンの歴史は、迫害や病気との戦いの歴史でもあります。それ以前にもインディアンは、様々な部族に分かれているため、それぞれの習慣や伝統、考え方などに違いがあり部族間での争いもありました。しかし、そういったインディアン同士の争いとインディアンと白人との争いは決定的に違うところがあります。文化や習慣、考え方の違いから大きな誤解や偏見が生まれた争いも多いようです。私たちの中にあるインディアンの戦いの歴史とはどんなものでしょうか。

インディアンにとっての戦いの意味

インディアンの戦い

インディアンが住んでいた場所の多くは、限りなく広い平原でした。インディアンには数多くの部族がありそれぞれが100〜200人ほどの集団で暮らしていましたが、ヨーロッパからの白人と出会うまでは、その広い土地は彼らと動物たちのものでした。
「戦う」という意味では生活するための狩猟の他に、他の部族と戦うこともありました。しかしそれは、勇気と精神的な強さを試すためのもので、他の部族を政治的に支配したり計画的に侵略するための戦いではありませんでした。

意味とランク

インディアンにとっての戦いは、「精神的な強さを表す行為」もしくは「報復行為」でした。どちらにしても戦いにおいて、戦う者がどれだけ大胆不敵であるかということと、精神的に強い「勇気がある」ということを見せ付けて尊敬されることがもっとも重要と考えられていました。勇気と大胆さを示す行為にはランクがありました。

まず敵の身体に触れることがもっとも簡単な方法とされ、次に勇気があるのが馬を盗む行為、もっとも勇気があるのが、狙った敵の頭の皮をはぐもしくは首をとる行為とされていました。これらの行為は部族によって異なっていましたが、インディアン同士の戦争の中ではもちろん、白人との侵略や迫害における戦争の際にもこの考え方をもっていました。

そのため、訓練された白人兵士との戦いにおいては大変不利な状態になってしまったようです。しかし、頭の皮をはぐ、という行為は白人がインディアンの首に懸賞金をかけて部族同士で争わせたときから始まったとも言われています。

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伝染病や迫害

未知の病気

コロンブスがアメリカ大陸を発見するまでは、インディアンの間には病気や怪我を治す技術と知識がありました。自然の中でいったいとなって生きていることを大切に考えてきたインディアンにとって病気や怪我は身近なものでありそれを治す術もみじかに備えてありました。しかし、白人がわたってくると、ヨーロッパの文化や物と一緒にそれまではアメリカ大陸には存在していなかった病気が持ち込まれました。

ヨーロッパでの病原菌に対する免疫を持っていなかったインディアンは、持ち込まれた伝染病にかかってしまっても治すことができず、あっという間に広まりました。こういった新しく持ち込まれた病気のため半数近くが病気のため倒れ、インディアンの数が激減したといわれています。

また、アメリカ大陸をめぐって争っていたイギリス・フランス・オランダなどの国々が、反発するインディアンに対して、伝染病などの菌が付いた物などをわざと渡して病気を広めたという説もあります。

移民との戦い

1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、アメリカ大陸に入植し始めると同時に、アメリカ大陸を開拓し、新たな国を作ろうとする移住者たちと自由に狩猟や農作物を育ててきた先住民族とが対立する形になってしまったようです。対立というよりは、インディアンの文化を劣ったもの、異様なものと考えた移住者によって先住民の土地が奪われていったという感じかもしれません。

入植してきた白人から見たインディアンは、野蛮で暴力的な習慣をもち、本能で行動する動物的な民族で、異常なまでに迷信深く妄想を抱いている、または人食い人種や首狩り族などと考えられていたようです。そのため、移住者によるインディアンの迫害は開拓して土地を手に入れるという目的と、野蛮なものを遠ざけるという二つの目的から、当然のように行われていきました。自分達が昔から住んでいたアメリカを転々と追われることになったインディアンは幾度となく抵抗を繰り返しましたが、そのたびに部族が壊滅するほどの攻撃をうけたり、酋長の家族や親戚が全員殺されるということもありました。

こういった、「植民地戦争」や「インディアン戦争」などといわれる先住民と移住者の戦いは幾度となく繰り返され、スー族200人以上がころされた「ウンデッド・ニーの悲劇」や「サン・クリークの悲劇」などといった白人によるインディアンの大量虐殺は歴史的にも有名です。時にはお互いに条約を結び一見平和的見える方法を取ることもありましたが、インディアンの居留地に金が発見されると条約はあっさり破られることも頻繁にありました。

また、アメリカが、アメリカ合衆国としてイギリスからの独立を果たした時に、すべての人に自由と権利があると宣言したときにも、インディアンや黒人の奴隷や迫害は続いていました。この独立宣言には、インディアンと黒人を除く「すべて」の人」という意味だったのではないでしょうか。

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