インディアンLife






このページをブックマークする

大平原地方の部族

頭に羽飾りをつけたインディアン達が馬にまたがってバッファローを追っている…、西部劇などではそんなイメージのインディアンを見ることもあります。私たちが持っているこういったインディアンのイメージは、平原で暮らしていたインディアン達の暮らしや文化の一部分に近いものがあります。
テントで暮らし、獲物を追いかけながら移動して生活することもあったインディアンのことをもっと知りたいと思っている人もたくさんいますよね。広大な草原で暮らしていたいくつものインディアンの暮らしとはどんなものなのでしょうか。

大平原地方のインディアンの部族

大平原とは?

ロッキー山脈の山並み
アメリカ大陸の大平原は、アメリカ大陸の西にあるロッキー山脈と、東の肥沃な大地の源でもあるミシシッピー川の間に広がっている広い草原です。生い茂る草が地平線まで続き、まるで海のように見えたといわれています。この豊かな草の海には、5000〜6000万頭以上のバッファローや鹿を初めとする大型の草食獣のほかにたくさんの小動物や狼なども暮らしていました。

大平原の諸部族

大平原には30以上もの部族が暮らしていました。大平原でのインディアンの生活は、西部と東部で環境が異なっていたため、インディアンの生活スタイルも住んでいる地域によって若干違っています。平原の東の地域には適度な雨と、ミシシッピー川からの水を十分に利用することができたため、男性が中心となってバッファローを狩り女性が中心となって農作物を育てるという生活をしていました。

反対に平原の西に暮らしていたクリーなどの部族は、雨がほとんど降ることのない乾いた土地で暮らしていたため、食料のほとんどをバッファロー狩りに頼っていました。また、平原の南の地域には、ブラックフットやアルゴンキン族などの部族が暮らし、北には平原の部族の中でも最も大きな部族であったダコタ族が暮らしていました。ダコタ族は、他のインディアンからも一目置かれているほど勇敢で優秀な戦士たちの部族でした。

ページの上に移動

バッファロー狩り

バッファロー平原で暮らすインディアン達の暮らしは多少の違いはあっても、そのほとんどをバッファロー狩りに依存していました。食糧だけでなく、毛皮で衣服やティピーと呼ばれる住居などを作り、骨やひづめを利用して生活用品や農作業に使う道具なども作っていました。また、バッファローの脂肪は燃料に使ったり、農作物と練り合わせて乾燥させて保存食を作るのにも利用されていました。

馬に乗ったインディアンのイメージを持っている人も多いと思いますが、ヨーロッパ人がやってくるまでアメリカ大陸には馬はいませんでした。馬を手に入れるまでのバッファロー狩りは、バッファローをがけから落としてしとめたり、狼の皮をかぶった者が風下の草むらからそっと近づいて矢を射ってしとめていました。

ヨーロッパ人から馬を手に入れたインディアン達の乗馬センスは、驚くほど優れていて、馬をたくみに操ってバッファロー狩りをするようになりました。馬を使ったバッファロー狩りの方法は、馬に乗った状態でバッファローにできるだけ近づき逃げようとするバッファローの脇に馬を走らせてバッファローの体の側面に矢を射掛けていました。

ページの上に移動

芸術と文化

どこまでも続く広い平原を馬に乗ったインディアンが駆け抜けていく…。頭にいくつもの羽飾りをつけ、腰や足にビーズや石の装飾品をつけたインディアンがティピーの周りで火を炊いて踊る…。そんなシーンを映画や絵などで見たことはありませんか? 私たちが知っているインディアンの装束や飾りは、日常的なものというよりは特別行事や祭りのときに使われたものです。

インディアンジュエリー

平原に暮らすインディアンの祭りや儀式のときの正装や装束には、頭につける羽飾りやビーズを使ったアクセサリーをあしらった衣装などが使われる場合が多くあります。現在でもインディアンジュエリーのひとつとして有名な、ダコタ族が作る幾何学模様に編みこんだビーズを使って装飾品などは、バッファロー狩りに使っていた矢を入れるケースなどにも使われていました。

また、羽を使ったベルトや鈴をあしらった飾りの付いた靴などもあります。こういったインディアンジュエリー自体やデザインには、雷や鳥、精霊などといった意味があります。平原インディアンの代表的なテント式住居「ティピー」の表面にも、夢に現れた動物や色々な意味の模様が描かれることも多くあります。

インディアンのスポーツ

広い平原で暮らしていたインディアン達の間では、「シニー」と呼ばれるボールとゴールを使ったスポーツも盛んに行われていました。ボールを棒で打ってゴールまで運ぶゲームで、ボールを手で触ってはいけないというルールがあります。このシニーは、スピードと技術が試されるものでした。また、シニーは特に女性に人気があり優秀なプレイヤーも多かったため、男性と女性のチームに分かれて対戦することもあったようです。

ダンス

「パウワウ」や「グラス・ダンス」など、インディアンダンスの中には現在でも有名なものがたくさんありますが、グラスダンスはもともと経威厳に暮らすインディアンのたたかいの時の踊りでした。もともとは違う意味で特別な儀式の時に踊られていたグラスダンスでしたが、現在はインディアンの結束を表す意味を持つダンスとして受け継がれています。歴史の中で、使われ方は変化しましたが、特別な意味を持つダンスですね。

ページの上に移動
copyright(c) 2007 インディアンLife All Rights Reserved.